アフタースクール

「ミスディレクション」というのはたぶん奇術用語だと思うが、観客の注意をたとえば右手なら右手に引きつけることをしながら左手では次のネタの仕込みをするというテクニックである。この監督の前作「運命じゃない人」もそうだったが、観客は人物設定、人物関係、そして彼らの目的や彼らの周囲で実際何が起こっているかに至るまで監督のミスディレクションによって見当違いの判断や理解を植え付けられ、最後には実はそういうことだったのかと感嘆せざるを得ない意外な結末を突きつけられるという算段である。
厳しいことを言えば、その結末はそもそも中学時代の憧れの女子との再会というおそろしい偶然と、全くの民間人がヤクザ絡みの事件の矢面に立って囮捜査に協力するというちょっと現実的にはあり得ない設定の上に強引に成立させようとしているものなので、いかにもお話のために作られたお話という感は否めないが、それにしてもこの監督は監督としてよりも脚本家として大成するのではないかと思えるほど脚本に凝る人で、今回もストーリー展開自体はよく練り込まれたものを感じさせる。ただしその分細かいところに神経が行き届かなくなってしまったのか、個々のセリフにはちょっと雑なものも感じた。特に、最後に立場が逆転した大泉洋が佐々木蔵之介に言う「お前みたいな生徒、どのクラスにも一人くらいいるんだよな・・・」のくだりはいただけなかった。彼に期待する教師像からしても言わせるべきではなかったように思う。
三者三様、と言ってしまえばそれまでだし当然のことだが、主演の3人の男優がそれぞれいい味を出している。大泉洋はこんな主演級の役のできる人とは思っていなかったので意外だった。佐々木蔵之介は崖っぷちのやさぐれた探偵役に見事にはまっていた。堺雅人はほとんどTVの人だと思っていたのでやはり意外だったが、「運命じゃない人」の主人公にも通じるとことんいい人なので、案外監督はこういう人物像が好きなのかもしれないと思ったりもした。
しかし何と言っても最大のミスディレクションはヤクザが追っている「アユミ」という女は誰なのかということだったわけで、監督はこれを観客にミスディレクションさせることにもっとも心血を注いだに違いない。その証拠にラストカットは実はアユミではなかった女のストーリーとは何の関係もないとぼけた会話で終わるし、おまけとして本当のアユミの幸せそうな顔を最後の最後に登場させている。確かにこれにはやられた。そういう意味では脱帽する。
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